手仕事は瞑想です

母方の祖父母は東京・渋谷でテーラーメイドの紳士服専門店を営んでいました。昭和初期の集団就職の世代です。

人付き合いの苦手だった母は、写真の専門学校を出た後、就職もそこそこに家業の手伝いをしていたそうです。

娘とはいえ、仕事となったら甘えは許されない。明治大正の職人の下で仕込まれた母もまた、厳しい職人気質でした。そんな血筋の、わたくし。

もともとが好奇心旺盛かつ器用なたちで、幼少時から母がやっていることは、洋裁、刺繍、編み物、籐細工に和紙のちぎり絵、なんでもやりたがっては、そこそこ身に付いてしまい、家庭科実技で困ったことはなく、今に至ります。

何かを今の気分の色柄で、好みの大きさ重さカタチに作るのは、嬉しいこと。生地や毛糸を選ぶのも楽しい。

用途がなくてもつい買っちゃって増えるくらい、単純に好き。お気に入りを使いたい、誰かにプレゼントしたい。

その一心で始めるのです、いつも。

ただ無心に手を動かしている状態でいる、そういう時間を持つことが、もしかしたら必要なのかもしれない。

わたしが必要だったように、他の誰かにも。最近そう思うようになりました。

考えても仕方がないことで悩みのループに落ちてしまいそうな時。

とにかく時間が過ぎてくれるのを待つしかない時。大切な誰かと、静かに、ただなんとなく一緒にいたい時。

手仕事って、とてもやさしく寄り添ってくれるように思います。

意識って一瞬で古今東西どこにでもすっ飛んで行ってしまうから、ただ黙って目を閉じるだけの瞑想は、わたしのような取っ散らかった人には難しい。

一方で、意識は動きの速さに連動するものでもあるから、意図的にゆっくりした動作をして、それに意識を同調していけばいい。

これなら取っ散らかり組・楽しいことなら言われなくてもやる課のわたしにもできる。

楽しいことなら、続けられる。いや、沼にハマったらやめる方が大変。

手仕事は瞑想です。

自分のゴキゲンは自分で取ろう。その方法はたくさん持っていた方が、たぶん楽しい。

そういう理由で、手仕事に触れる機会を提供していきたいと思っています。

その前に自分が沼にハマっていますけどね。

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